小学校〜高校
小学3年生のときに姉の影響で合唱(コーラスというとなんか違う…)を始め、ガラスも割れんばかりのソプラノヴォイスをきたえあげる。今も‘山の息吹’とか‘大地賛唱’(字はこれでいいのかな?)を聴くと涙が出てくる、とは大袈裟だがいっしょに歌ってしまう。算数がダイキライ。
5年生のとき、ちょっとした手術をして死にかけるも、しぶとく生き残り現在に至る……じゃちょっと端折りすぎか。初めてコマを割ったマンガを描いたのは、小学三年生のときノートに鉛筆描きをした戦隊もので、タイトルは「バトルソルジャー」。メンバーをA(アラン)とかJ(ジャック)とかG(グレン)とかアルファベットで呼ぶという、サイ〇ーグ〇〇9そっくりのハナシだ。…実は主題歌も作った。今でも歌える。2番まである。
中学生になり吹奏楽部に(ブラスバンドじゃない!)入部、パートはB♭クラリネット。クランポンをその後6年間吹けたのは幸せだった。リードはバンドレンの3herfを使い、木賊で削ってチューンナップ。(んなこと書いてもわかんないよって……)校内暴力のまっただ中で、ひととおりの反抗はしたが、隠れて夢野久作の‘ドグラ・マグラ’を読むというヘンな中学生だ。…そういえば、このときサーファーカットだった……。
高校は共学。ここでも吹奏楽を続ける。母校S校の吹奏楽部は男子が多く、体育会系なのだ。なにしろ練習がすさまじい。朝6時には全員第二グラウンドの隅にある専用練習場に集合し、授業が始まるギリギリまで練習するから、朝4時に登校してるのに遅刻したという過去がある。昼休みどころか教科の間の休憩時間にも練習があるので早弁してたら、LHRで男子に「女子の早弁は見たくない」と発言されてしまった。放課後はマラソンから始まる。腹筋を鍛えに鍛えまくり、この頃の肺活量は5000(!)あったが、今はぷよぷよで見る影も無い。東北大会に二回出場した。
…しかし、高3のことはほとんど覚えていない。実は、とても好きだった同じ部の3年の先輩が、私が高2の冬に轢き逃げ事故で亡くなったのだ。告別式には定期演奏会で演奏したボズ・スキャッグスの超有名曲`We
are all alone'を吹いたので、それからこの曲を聴くたびにそのことを思い出し、胸が痛む。冷たいみぞれの降る中を、何時間か生きていたその人は、そのちょっと前夕暮れの空を指差して「あれが金星だよ」と教えてくれた。それが最後だった。………まだ17歳。冬になると気が滅入る。
亡くなった先輩の名は、私のマンガの中(ギャグ系。なんだかな…)の主要人物に使わせてもらった。